2014年10月15日

旅から1年


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春の十勝(出張で4月、5月を過ごした)


 早いもので、日本に帰国してから一年が過ぎた。帰国した三日後には新たな職場にあいさつに行って2週間後には仕事を始めていた。その後は毎日毎日、次から次へとこなさなければならない仕事や調べものに夢中になっているうちに、一週間、一か月と過ぎ、たちまちのうちに一年が過ぎてしまった。サンフランシスコ峠で吹き荒れる風のようなすさまじい時間の流れに再び飛び乗ってしまった。このまま流されるままに、時の流れに身をまかせていくことになるのだろうか。時間の流れは、身を置く社会によってこれほどまでも違うものなのか。アルゼンチンの広大な空の下で、案外手に取れそうにも思える白雲を見つめたりしながら、のらりくらりとした時間の流れで生活するゴンサロやその友達たちの生活を懐かしく思い出す。(実は彼らも彼らなりに忙しいようだが。)
 そして、旅の一年半はいつの間にか記憶になっていた。ふとした日常の瞬間に、旅の風景が思い起こされる時がある。すると自分の周囲だけその当時の空気感に包み込まれたような不思議な感覚になる。「皮膚の記憶」だと思う。自分の肌から直接その当時の空気がしみだしてくるような感覚だ。ちょっとしたことだが、その感覚は日常生活に潤いを与えてくれている。
 この一年で、家族が一人増えた。娘が生まれた。そのこともかなり急激に現実に引き戻された一因になっているような気がする。娘が成人するまでは再び旅にでることはないだろう。そのつもりだったのだから、それはそれでよいのだ。この超特急の時間の流れの中で、20年は日本の社会で身を粉にする覚悟はできている。「皮膚の記憶」を楽しみながら。
 世界を見渡せばこの一年間で、ため息が出るような事柄がたくさん起こった。シリアの内戦、ウクライナ問題、イスラム国など。それに加えてエボラ出血熱。世界地図のどの部分に目を向けても何か問題が起こっている。政治、経済のグローバル化は思想間の対立を先鋭化させ、感染症を瞬く間に世界中へと伝播させる。これから世界はどうなっていくのだろう。娘が成人する頃に世界が存続しているのかどうかも不安になる。グローバル化は避けられないことはわかっている。その中で、うまく人間が和むためには、すべての人間が自分の持っている既成概念を全部かなぐり捨てるくらいの覚悟が必要なのではないだろうか。自分のエゴや思想に対する判断を一切中止し、相手の土台に立って思考する必要があるのだ。
 この一年は、仕事の関係もあって日常生活に溶け込むことに重点を置きすぎたように思う。来年、このブログを更新するときにはもう少し落ち着いて旅を反芻し、旅で考えたことをもっと日常生活で実践できるような状態でいられたらと思う。

 この記事を書いている最中に、アンナプルナサーキットのトレッキングルート上で暴風雪と雪崩にトレッカーが多数巻き込まれたというニュースがネットに流れていた。数十人の死者がでたという。今回の天災で亡くなられた方々のご冥福を祈り、いまだ豪雪に閉じ込められている人々が一人でも多く救出されることを願う。

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十勝平野を潤す利別川を渡る列車

posted by エウロパ at 00:00| 帰国後