2013年10月15日

旅まとめA





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日本への帰国便に乗るべく、トロントのピアソン国際空港で待機している。明日、1年半ぶりに日本の地を踏むことになる。




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今回の旅行を振り返って興味深いことは、我々には何か吸引力があるのか、出会った旅行者のうち印象に残っている人たちは精神的な事柄に興味を持っている人たちだった。ネパールでは幾人かのビパサナ瞑想を行っている旅人たちと深く話し合ったし、南米ではアマゾンジャングルにいるシャーマンの下で修行をしている旅人とも語り合った。旅に求めるものは人によって様々だと思うが、精神的な何かを求めて旅行している人が予想以上に多かった。それは言い換えれば、高度に資本主義化された社会の一パーツとなっている先進諸国の日常生活からの脱却−西欧的合理主義的思想からの脱却−を、多くの旅人は求めているのだろう。そしてそういった旅人たちは西欧的合理主義思想と対極のものである仏教やヨガ・瞑想、シャーマニズムに答えを見出そうとしているのだ。




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旅行に出る前から、仕事の関係で「社会構成主義」という考えに興味を持ち、勉強したことがあった。社会構成主義では、世の中には絶対的な真理というものが存在せず、記述や説明、その他すべての表現は関係性によって成り立つという考え方だ。人の記憶でさえ固有のものは存在せず、その人の生きてきた中での関係性から成り立っているという。関係性から成り立った人の考えは、その人の物語(ナラティブ)となる。人それぞれの物語(ナラティブ)は生きてきた経過によって違ったものになるわけだが、人は他者の物語を尊重して受け入れることよってお互いの物語は共鳴する新たな物語に書き換えられる。そのようにして融和的な共同体が成り立つというものだ。社会構成主義は、すべての事物は縁起(相互依存)によって成り立ち、すべての事物は空であって自性がないという大乗仏教の縁起や空の思想とも共通する概念だ。




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ひるがえって今の世の中を支配しているのは、デカルト以降築き上げられてきた西欧のキリスト教的合理主義である。絶対的な真理があると考えるキリスト教(兄弟宗教であるユダヤ教やイスラム教にもいえることだが)が支配するこの世の中では、誰もが自分の持っている真理を振りかざし、他者を自分の真理の元にひれ伏せさせようとする。植民地主義や帝国主義はキリスト教的正義の下で行われたことはいうまでもない。キリスト教国でもない日本はその悪いまねしたわけだ(あるいは、周囲の環境によってまねをせざるを得ない状況に追い込まれたといえる部分もあるだろうが)。その「真理」というものを捨ててしまおうという試みが、社会構成主義だ。アメリカ発の学問だが、非常に仏教的な要素の多い考え方である。




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この旅行中、インドやネパールで資本主義社会が伝統的なムラ社会を飲み込んでいく姿を見た。その中で、伝統的なムラ社会を存続させるべく資本主義との融和を図っているインド・ラダック地方の姿勢には学ぶべきところがたくさんあった。キューバでは資本主義・植民地帝国主義に対抗する大本命と思われた「20世紀的社会主義社会」の末路を見た。エジプトでは21世紀的な市民社会を作ろうともがく姿を見てきたが、現在その結果は失敗に終わってしまったかもしれない。道路建設こそが国の発展と考えているペルーやチリはまさしく40−50年前の日本の高度経済成長時代を見ているようだった。このように21世紀に入って10年たつ現在でも「帝国」的資本主義社会は猛威を振るっている。




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その中で、21世紀型の思考をしている先進的な人々がいると感じたのは、アルゼンチンだった。しかしアルゼンチンという国は、歴史を紐解けば明らかなように、キリスト教的正義によって先住民をほぼ全滅させた国である。しかも今年新教皇になったフランシスコの出身国でもある。キリスト教的思想が強いように思われるが、それがそうでもないのである。その理由はどこにあるのだろうかと考えるとき、アルゼンチン以外の南米各国と比較してみると明らかなになる。アルゼンチンとそれ以外の南米各国との違いは先住民が住んでいるかどうかという大きな違いがある。チリやペルー、ボリビアなどの先住民たちは、16世紀以降キリスト教的正義によって服従させられ、しかもそのキリスト教こそが現在唯一の救いの手となっている。そんな矛盾した状況では今でも先住民や先住民の血を引く人々の自尊心は低く、自立性も低いように感じた。白人との貧富の差など複雑な国内問題を生み出している。テレビ番組をみると、殆どが白人系のタレントで占められ、先住民が出てくるのはニュース映像以外はない。そういうところからも先住民の占める地位が窺い知れる。おそらくアルゼンチンが未来志向的なのは、「不幸にも」そうした先住民がほとんど「居なくなった」ことが理由のひとつなのではないかと思う。そういう暗い歴史をいわゆる「十字架」のように背負いながら、加えて20世紀の軍事政権時代の暗い影も背負いつつ、必死に未来を見ようとしているアルゼンチンの若い人々を多く見た。




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21世紀的な先進社会とはTPPでもアベノミクスでも、まして東京オリンピックでもなく(一時的な経済の好調はあるかもしれないが)、「帝国」的資本主義から脱却する思想を持った社会ではないかと思う。そして仏教や社会構成主義的な考え方こそが、その打開策になるのではないかと思っており、旅行を通じてその思いが確固たるものになった。


旅行前の仕事に忙殺される日々には夜眠ると、見知らぬ土地に船や飛行機などの乗り物で冒険しに行く夢ばかりをみていた。現実逃避だったのだろうか。ところが、今回旅行している間は夜眠ると、居酒屋で飲み会をしている風景などの日本の日常生活の夢を見ることが多かった。現実と虚構、日常と非日常がひっくり返ってしまったかのようだ。そして、虚構的な生活がもうすぐ終わって現実的な生活に戻る。再び現実逃避的な夢をみる生活が始まるのだろうか。それとも、精神的な充実を得て、現実と虚構の二項対立的な、いわゆる合理主義的な思想を打破し、「21世紀的(社会構成主義的・仏教的)」生活を手に入れることができるだろうか。そう考えると、旅はここで終わるのではない。日本での新たな旅が今、始まろうとしていのだ。




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posted by エウロパ at 00:00| エピローグ MEXICO